に投稿

柴田玉樹(博多曲物)

柴田玉樹 自然の恵みをいただいて木の温もりと美しさを伝える

種類: 博多曲物 (福岡県知事指定特産民工芸品)

ブランド名: 博多曲物 玉樹

プロフィール:
1961年 福岡市東区馬出、創業400年以上の老舗の生まれ。
杉や檜などの柾目板を曲げ、桜の皮で縫い綴じて金属類を一切使わず製作する曲物。その昔応神天皇の胞衣を納める木箱を作ったことが発祥ともいわれているが、長い歴史を経て一般の儀式用から飯櫃・すし桶・弁当箱・茶道具などの日常品を発展させてきた木工芸品である。

幼少の頃より父を手伝い、平成8年、17代目柴田玉樹(父)の没後、18代目として家業を継ぐ。東京・京都などで個展を開くなど、伝統の技を守りながら現代の生活様式にもマッチした曲物の開発・普及に努めている。

またジャンルを問わずコラボレートし、伝統工芸へのイメージ改革を行うと共に海外展開も積極的に取り組んでいる。
「博多町家ふるさと館」(福岡市博多区冷泉町)で週に一度(木曜日)実演を行う。

1961年 福岡市東区馬出生まれ
1981年 筑紫女学園短期大学卒業後 曲物づくりに本格的に取り組む
1996年 17代目柴田玉樹(父)の死去に伴い屋号も「博多曲物 玉樹」に改め工房を糟屋郡志免町に移す
1997年 第39回日本民芸公募展 入選
1998年 第40回日本民芸公募展 入選
1999年 第41回日本民芸公募展 入賞
2007年 18代目柴田玉樹(雅号)として襲名
2014年 第16回福岡デザインアワード 入賞
2015年 第55回全国推奨観光土産品審査会日本商工会議所会頭 努力賞
2016年 福岡市技能功労者表彰
2017年 福岡県優秀技能者表彰
2018年 第20回福岡デザインアワード 金賞
2019年 博多マイスター認定

博多伝統手職人連盟会員
福岡民芸協会会員
福岡文化連盟会員
㈳九州の女会員                 

好きなこと、趣味: 浜田省吾(ファン歴40年)・ ファミリーバドミントン

四百年以上続く博多曲物師

初代吉右衛門(1600年慶長5年没)から代々続く博多曲物師の家庭に、姉、弟の3人姉弟の次女として生まれました。生まれ育ったのは平安時代に創建された日本三大八幡宮、筥崎宮の近くです。江戸時代の儒学者・貝原益軒の「筑前国続風土記」には、筥崎宮周辺に祭具や日用品を作る曲物職人が多く住んでいたことが記されています。

子どもの頃から、先代である父親の曲物作りを手伝ってきました。曲物は家内手工業、「女は嫁に行くまで手伝うもの」当時は家業の手伝いをすることが当たり前の時代で、絵付けや桜皮の綴じを任され、父親が一生懸命に曲物を作る後姿を見ながら育ちました。

家業である博多曲物を継ぐ

曲物作りの名人と言われた父は、1995年、私が35歳の時に肺がんで他界しました。通常であれば長男が家業を継ぐのですが、弟は別の道を歩むことを選びました。このままでは博多曲物師が途絶えてしまいます。「ここで止めるわけにはいかない」十七代続いてきた家業の重さと、二十歳のころから本格的に修行してきた自負が家業を継ぐことを決めました。

四百年の歴史の中で唯一の女性博多曲物師

過去四百年間、女性の博多曲物師はいませんでした。父の四十九日の法要の時に、一輪差を引出物としてだし「ここまで作りきるとやったらよかろう。」と親戚一同から認められました。それでも世間では女が曲物作りを出来るのか誰もが半信半疑で、材料の仕入れもままなりませんでした。負けん気がもちあがり男だからとか女だからとか関係ない、名人の父の名に恥じない作品を作ろうと心に決め、一日一日、コツコツと腕を磨いていきました。継いだ当初は茶道具に力を入れ、京都のギャラリーで毎年展示会を行い「玉樹」の名を知ってもらうことから広げ、日本民藝展の入賞や京都の漆絵作家との共同制作、展示会など意欲的に活動を続け2007年には、柴田家18代「柴田玉樹」を襲名させていただきました。「石の上にも三年」と言われますが、職人として名のりをあげて認められるのに「石の上にも十年」の年月がかかりました。

博多曲物の魅力

四百年の歴史と伝統がある曲物は主に器で、弁当箱などは口に入るものを作るのですから、釘や金属は一切用いず、杉、桜の皮といった自然の材料だけでひとつひとつ丁寧に作っています。木目を生かし、美しい曲線、そして軽さが曲物の特徴です。素材となる杉の木材選びは、妥協せず納得がいくまで選び抜きます。「無節正目」の良質な国産の杉を使用します。

木目の美しさとやわらかい杉の手触りや香りは、心も癒してくれます。また、杉の木は抗菌効果、吸水性、保湿性が優れていて、ご飯のおいしさを長く保ちます。お手入れ次第で耐用年数は50年にもなります。曲物は、昔の人の知恵が結集した、使う人の身体にも、そして環境にも優しい工芸品です。

四十年ほど使った飯櫃の修理を受けたことがあります。先代の作った飯櫃です。修理をしてまたお客様に喜んで使っていただけるのは職人にとって嬉しいことです。
お茶会を開いて曲物が場を盛り上げたと感謝の手紙をいただいたこともあります。お客様の喜びが、良いものをしっかり作っていこうとの活力になります。

伝統工芸品とは

伝統工芸品は、主な部分が手仕事で、技術を学び向上させて継いだものです。一人よがりで自分勝手にいいものを作るのではなく、使っていただける人のことを考え作っていくのが伝統工芸品だと思っています。伝統工芸というと構えてしまいますが、曲物は日常生活に根付いた民芸品でもあります。お使いいただく方の気持ちを考えたものでなければいけません。

自分の代だけで終わらせるだけでなく、その技術を継承していくことが次の世代に残していくために大事なことだとも考えています。後継者育成も役目の一つです。二人の息子がいますが、曲物作りを手伝ってくれています。今、私が作っているものは、次の世代には古いものになります。技術を継承し、新しい発想でその時代に合うものを作っていってほしい。それが曲物という伝統を継承していくことになると信じています。
将来、博多曲物師になりたい、家業を受け継ぎたいと自ら決めてもらえるように背中をみせてがんばっています。

曲物作りは、一つ一つの作業を的確に行わないと美しい作品はできません。二百年以上かけて育った木から大切な命をいただき、四百年続いた技で命を吹き込みます。全てが真剣勝負です。これからも曲物作りに励んでいきます。

に投稿

宮嶋美紀(博多織)

宮嶋美紀 伝統工芸を受け継ぎ、残す ~博多織とともに生きる~

名前: 宮嶋美紀

種類: 博多織

ブランド名: ton ten ton(トンテントン)

プロフィール:
1977年 北九州市生まれ
2010年 博多織デベロップメントカレッジ入学(第5期生)
2013年 博多織デベロップメントカレッジ研究科 卒業

受賞歴:
2011年 第46回 西部伝統工芸展 入選
2013年 第48回 西部伝統工芸展 入選
2014年 第48回 日本伝統工芸染織展 入選
    第58回 新作博多織展 博多織工業組合理事長賞
    第112回 博多織求評会 経済産業大臣賞、京都筑選会賞
2016年 第60回 新作博多織展 九州経済産業局長賞
2020年 第118回 博多織求評会 博多織工業組合理事長賞

好きなこと: 旅行、ドライブ

趣味、特技: 茶道(南坊流)、アート作品鑑賞

とにかく布が好き

幼少の頃から、織物、生地など布が大好きでした。服の生地をよく見てデザインや触り心地などを比べていました。布には色々な素材や出来方があります。素材を生かすことによって衣装が大きく変わるほど、布の世界は奥が深く、のめり込んでしまいます。

博多織の世界へ

今でこそ、こうして博多織の工芸作家として制作に取り組んでいますが、もともと着物や織物、伝統工芸に関する仕事をしていたわけではありませんでした。会社員として働いていた頃、福岡市に博多織を学べる学校、博多織デベロップメントカレッジがあると知り、願書を揃えて試験を受け入学しました。布が好き、ただこの思いだけで、それまでとは違った世界に飛び込みました。在学中の2年間は、博多織の製作を行い、また博多織や伝統工芸、デザイン、経営なども学びました。博多織や伝統工芸について何も知らなかったからこそ、真綿のように多くのことを吸収し身につけることが出来ました。卒業後は独立を決意して、博多織手機技能修士として今に至っています。

これまで多くの博多織を作ってきました。まだ初期の頃、経験が足りなかったからですが、織物を作り生み出す感覚が自分のものにならずにとても苦労しました。イメージしていたものが思ったようにきれいに織ることができず、何度も何度もやり直したことがたくさんありました。

自分が作った織物が別の人の手を経て、また違うものが生まれていくことにとても喜びを感じます。織物を通して、時とともに人と関われることは、嬉しく、刺激もあり、そしてとても楽しいです。ただこれは、元となる織生地をどれだけ丁寧に、しっかりと作れるかにかかっています。そのためにも一本一本、糸に集中して織り続けることを心掛けています。

展示会や小学校での講習・実演など、子どもたちに博多織や伝統工芸のお話しをさせていただく機会があります。子どもたちは目を輝かせながら熱心に耳を傾けくれます。そして、博多織に触れて、素材や色合い、デザインを見て感じ取ってくれます。子どもたちには、自分が普段、何を着ているのか、どのような素材、布の服を身に付けているのかを意識して欲しいとも話しています。博多織がそして伝統工芸がどのようなものであるかを感じてもらえたら嬉しいです。

伝統工芸とは

「伝統を受け継いでいくこと」は、まさに生きていくことだと考えています。伝統は、時間と先人たちの苦労と努力の賜物です。その先人たちの思いや技術をしっかり受けとめ、そして、次の世代に渡していくことが私のやるべきことだと強く感じています。「受け継ぎ残す」という流れの中に私自身がいることを自覚すると、命を生きるということが少しわかったような気がします。自分がやるべきことをひとつひとつやり続け、私が作ることで、より良いものに繋げていきたいと思います。

世界とつながる大好きな布

布は大好きなので、世界で作られている、あるいは、作られていた布や民族衣装を、その国のその土地で見て、その地域の人関わりながらとことん追求したいです。布や衣服の未来が今後どのようになっていくかについてとても興味があり、考えだすと止まりません。いつの日か、フランスなど世界の国々とコラボレーションして新たな製品を作ってみたいです。

お客様のために

博多織は、生地に厚みや張りがあり、絵柄が美しいのが特徴です。締めたらゆるまない博多織の帯は、締める時の「キュッ」という音ともに、気持ちも凛とします。見た目の美しさだけでなく、身につける人の心も変える力があります。博多織の良さを感じていただける製品をお客様にお届けしたい気持ちでいっぱいです。そのためにも、これからも精進して織り続けていきます。

に投稿

緒方恵子(博多人形)

緒方恵子 人形のある暮らし

名前: 緒方恵子

種類: 博多人形

ブランド名: 博多人形 古今 kokon

プロフィール:
2001年 博多人形師体験講座(現・博多人形師育成塾)第1期生
2002年 博多人形師 井上あき子氏に師事し5年半修行を行う
2007年 独立し、福岡県の筑豊を博多人形の制作の拠点にする
2008年〜 飯塚山笠の人形を制作
2020年 伝統工芸士に認定
2020年 福岡県文化芸術振興審議会委員に就任

受賞歴・作品展示歴:
2002年 第32回博多人形与一賞展 特選
2003年 第33回博多人形与一賞展 特選
2004年 第35回福岡市美術展 入選
2005年 第35回博多人形与一賞展 特選
2006年 第36回博多人形与一賞展 与一賞
2007年 第37回博多人形与一賞展 特選
2010~2013年 飯塚市歴史資料館に常設展示
2011年 第41回博多人形与一賞展 与一賞
2013年 第48回西部伝統工芸展 入選
2015年 東京アメリカンクラブにて個展開催
2018年〜 さかえや本店に作品を常設展示
2018年 女性伝統工芸士展に出展
2019年 第70回新作博多人形展 九州経済産業局長賞
その他出展多数。

好きなこと、趣味、特技
空を眺めること、ヒトカラ

憧れのものづくりの道へ

小学校で教諭をしていましたが、以前から憧れていたものづくりの仕事をしたくなりました。どうしたら職人の道に就けるか探していたところ、福岡市および博多人形商工業協同組合が主催する博多人形師体験講座があることを知り、受講しました。講座はとても楽しかったです。講師の博多人形師の先生から、「あんた下手やけど味がある」と言われ、夢中で作品を作りました。そして、博多人形を作る工芸作家の道を進もうと決意しました。

講座を受講した後、講師の方からの推薦もあって、博多人形師の井上あき子氏に弟子入りしました。5年半の修行でとても多くのことを学ばせていただき、2007年に独立しました。

納得がいくまで作り続ける

作品づくりで、人形の色が決まらなかった時がとても苦労しました。どんな色を塗っても、イメージしていたものとしっくり来ず、何度もやり直しました。先が見えずにとても苦しかったのを覚えています。その人形にふさわしい、自分が納得のいく色づかいを見つけた時は、とてもほっとしました。

人形の姿や動作を表現する上で、何気ない美しさを出せるようにしたいです。人形を見る人が、いろいろな感情を思い描いて、心が和むようになっていただけたらうれしいです。そのためにも、色合いや、顔の表情が自然かどうか、さまざまな方向からの確認など何度も見直します。

人形作りは奥がとにかく深く、やりがいが実に大きいです。苦労する時もありますが、うれしいこともたくさんあります。制作した人形をお客様にお渡しして、そのお客様からその後のお話しをお聞きするのがとてもうれしいです。

日本の文化・歴史を映し出す

これまで、地元である遠賀川上流域にある古墳の出土品をモチーフにした作品や、飯塚市で7月に開催される祭り「飯塚山笠」の人形を制作してきました。これからも日本の文化や歴史の魅力を自分なりに作品に込められたらと思います。

素直な心で作ること

作品を手にする人がどう感じるかを思いながら博多人形を制作しています。正直な、素直な心で作ることを常に心がけています。お客様の日々の暮らしの中で工芸が楽しいものになるように、これからも博多人形作りに励みます。

に投稿

垣内ひさ子(垣内敬一人形)

垣内ひさ子 伝統を受け継ぎ、伝える

名前: 垣内ひさ子

ブランド名: 垣内敬一人形

プロフィール:
1949年 福岡県津屋崎町(現、福津市)生まれ。工芸人形作家の故 垣内敬一の長女として誕生。幼少の頃から粘土に触れ、小学生の頃には土ねり、型とり、生地づくりなどを行う。
2013年 父、垣内敬一の遺志、人形の型を受け継ぎ、垣内敬一人形の製作を開始する。

垣内敬一人形の系譜: 垣内敬一 – 垣内すが子 – 垣内一彌 – 垣内ひさ子

【参考】プロフィール(垣内敬一):
1921年 福岡県津屋崎町(現、福津市)生まれ。
1936年 博多人形師の小島与一に師事する。後、20代の頃に独立。
1949年 昭和天皇陛下、九州御巡業の際、福岡県二日市大丸別荘にて博多人形師として展示に参加。宗像大社の御用人形師として皇太子殿下(今上天皇)、清宮様へ翁面、お雛様遊び人形献上。
1958年 「ふく笛」がブリュッセル万国博覧会で銅賞受賞。
1963年 香椎宮より秩父宮妃殿下へ参拝記念として獅子頭献上。
1968年 没。病気にてご逝去。享年47歳。
1976年 日本国際見本市振興会より全国優良玩具認證 (第124号)
作品多数が九州国立博物館に所蔵、一部が展示される。

作品展示歴:
2015年 垣内敬一展(企画主催)、藩校サミット、福岡マラソン、祝うたぁ友の会展、博多の恵比寿さん作品展
2016年 干支展、山笠展、手仕事展、国際歯学総会、福岡マラソン、ギャラリー京バラバラ三女展、お正月展
2017年 はかた伝統工芸館友の会展、おくりもの展、箱崎人形飾り、熊本伝統工芸館三人展、「あっと驚く、ARTで工芸」作品展、友の会キレイモノ展、で逢いにありがとう展、日本民藝館公募展
2018年 祝うたぁ友の会展、百面相展狐面(ほろよい、カーニバル)、工芸に活きる展
2019年 はかた国際工芸協会企画展
2020年 下関市亀山八幡宮いいふくの日、津屋崎千軒なごみ展

好きなこと、趣味、特技:
ものづくり。人形作りをしている時が一番楽しい時間です。

工芸とともに育つ

福岡県津屋崎町(現在は福津市)の人形屋の娘に生まれました。父、垣内敬一は、明治から昭和にかけて活躍した最高峰の博多人形師である小島与一に師事し、その後、20代の頃に独立し、博多人形をはじめ数々の人形や置物、飾り物の作成に励みます。九州、山口地方にある多くの神社へ奉納品やお守りなどの授与品もお納めしていました。そんな父のそばにいたため、工芸の中で、工芸とともに育ちました。幼稚園の頃には粘土をこね、小学生の頃には土ねり、型とり、生地づくりを行い、父の手伝いもするようになりました。人形作りが楽しくて、毎日夢中になってしていたのを覚えています。

父との約束

私が中学生、15歳の時に、父から工芸の道に進むことを勧められました。当時、工芸の世界では、中学を卒業すると同時にその道に進むものだったのです。人形を作るという工芸の道も魅力があったのですが、その時は若かったからでしょう、勉強や他のことをいろいろしてみたかったのです。そして、高校に進学したいこと、工芸の道はその先にしたいことを告げました。父は、「やりたいと思った時が一番だ。だから、いつかそう思った時に始めたらいいよ。」と、優しく言ってくれました。

父は数々の作品を作り、皇室への献上や、出展したベルギーでの万博博覧会で銅賞を受賞するなど活躍しました。作風は実に幅広く、美人もの、お面、肖像人形、木目込み人形、木彫なども手掛け、工芸の世界で多彩な才能を発揮。しかし、病気のため47歳の若さで他界しました。父が遺した人形制作は、垣内敬一人形として母が引き継ぎ、そして、かなりの年月が過ぎました。

「父の仕事を引き継ぎ、作家の道に入る。」父との約束の言葉を思い出し、父が丹精込めた作品を忠実によみがえらせたいと思うようになりました。2013年に工芸の世界に入ることを決断し、博多人形師の先生方に教えを請い、様々な技術を教えていただきました。博多人形師の先生方には感謝してもしきれません。最初に作成したのは、山口県下関市の郷土玩具「ふく笛」でした。ふく笛が私を作家の道へと案内してくれたのです。

この「ふく笛」は、2020年11月29日、山口県下関市にある亀山八幡宮で実に40年ぶりに復活販売されました。現地の新聞や大手新聞など数々のメディアに取り上げられ、「作者は垣内敬一、名人と呼ばれた博多人形師小島与一の弟子」と紹介されました。父との約束が、「遅くなってごめんね」と胸の奥でひびきました。と同時に、やっと少しだけ果たせたかなと思うと、とても嬉しくもなりました。

人形作りの魅力

人形作りは楽しいですが苦労の連続でもあります。人形の表情を生き生きとしたものにすることや、彩色にも注意を払います。また、笛をきれいな音色を奏でられるようにすることにも技術を要します。作成している笛の種類には、「ふく笛」、「もま笛」、「鳩笛」などがあります。出来上がりの形がとてもよく出来ていたとしても、きれいな音が出ないと笛は作品にはなりません。開ける穴の位置、大きさは少しでも変わるときれいな音が出なくなります。穴を開け、吹き口にヘラを入れる時は、特に神経を集中させて作業します。美しい音が出ると、「ありがとう」と笛にお礼を言います。この、楽しくて夢中になるとともに難しさがあるところに人形作りの魅力があります。

伝統を守り、伝える

垣内敬一人形は、美人もの、童もの、節句ものなどの人形や、土鈴、面、笛など、いろいろな種類の作品があります。元気で、かわいく、ほっこりしたお人形たちにより、お客様が癒され、喜ばれ、幸せな気分になっていただけることを心より願います。人形を手にしてくださるお客様のために、これからもひとつひとつ心を込めて人形作りに励んでまいります。お客様に人形をお届け出来る日を楽しみにしております。

に投稿

小西一珠喜(博多きりえ)

小西一珠喜 光と影が作り出すきり絵の世界〜世界一愛されるきり絵師を目指して〜

名前: 小西一珠喜(こにし かずよし)

種類: きり絵

ブランド名: 博多きりえ

プロフィール:
1958年4月  長崎県五島列島小値賀島に生まれる
1974年8月  きり絵にて「竹馬」を制作する
1978年4月  福岡を永住の地とする
2001年12月  実家が火事になり全焼したにも関わらず、自身の制作した「ゆかた」のきり絵が奇跡的に残り、それが転機となり、きり絵の創作活動に本腰を入れる。
2002年  博多祇園山笠のきり絵が新聞に掲載
2003年  「博多祗園山笠 きり絵」画集の出版
2005年~2006年  NHK山笠番組で山笠きり絵が採用される
2007年  アクロス福岡にて個展
2008年  ニューヨーク国連国際学校・夏祭りで展示会及びワークショップを行う
2010年  博多駅新幹線コンコース内に展示
2011年  博多リバレイン入り口に巨大きり絵アート展示
2012年  フィラデルフィア日本語学校総会にきり絵講師で招待
2013年  日本郵政発売の「黒田官兵衛」の切手付き絵入りはがき5枚セットに、きり絵が採用される
2014年  日本郵政発売の「博多祇園山笠」の記念切手シートにきり絵が採用される
2015年  はかた伝統工芸館で、自身の7年ぶりの個展開催
2016年  はかた伝統工芸館で第2回目の個展開催
2017年  はかた伝統工芸館で題3回目の個展開催
2017年  「博多龍神と子供達」巨大きり絵制作を監修  ※作品は、「博多区役所」に寄贈
2018年  小西一珠喜 永眠

歴史あるきり絵

きり絵とは、黒い紙をカッターナイフやハサミを使って切り抜き、白と黒だけで独特の世界を作り出す芸術です。カラーの作品もあります。日本でのきり絵の歴史は深く、岐阜県の飛騨高山では奈良時代から伝わる様式が残り、宮崎県の高千穂では平安時代末期から行われたと言われる神事、夜神楽の時に「彫物(えりもの)」と呼ばれるきり絵が飾られます。また、京友禅など着物を染める型紙としても使われてきました。

焼け跡から残った1枚のきり絵

博多きりえ師、小西一珠喜は長崎県の小値賀出身ですが、1978年に福岡で生きていこうと決心しました。2001年、長崎県の小値賀の実家が火事になりました。焼け跡から唯一残った物が、20歳の時に制作した「ゆかた」のきり絵でした。ほぼ全焼でしたが、きり絵が飾ってある壁の部分だけが焼けずに残っていたのです。まさに、これをきかっけに「きり絵師になろう」と決意しました。

博多きりえの誕生

そして、博多の者ではない私が、博多の伝統のあるお祭り「博多祇園山笠」に熱気に触れ感動しました。山笠にかける皆さんの熱意をきり絵で表現したいと思いました。きり絵を通して、きり絵の持つ力強い表現力を目いっぱい使って誕生したのが「博多きりえ」です。

博多祗園山笠に関して、着用する法被をきり絵で作成開始した当初のことです。いざ取り掛かると、全部で87種類もの法被が存在することが分かりました。思っていたよりも種類が多かったので「こりゃ大変だ!」と思いました。福岡のことや博多祇園山笠のことなど何も分からなかった私に、博多の皆様が手取り足取り暖かく教えてくださり、そのような皆様のおかげで「博多きりえ」の作品を作り続けることができたことは何よりも嬉しかったです。

世界一愛されるきり絵師になること

私の作品のテーマは「博多」です。私は、川端商店街が好きです。キャナルシティが好きです。櫛田神社が好きです。博多の下町の人々が好きです。博多をもっともっと盛り上げるために、自分にできることは何か、あせらずやれることを、ひとつずつ残したいと思っています。まだまだ知らないことや、しきたりがたくさんあります。今後も勉強しながら、「博多きりえ」が進化してしくように願っています。そして、最終の夢は、「世界一愛されるきり絵師になること」です。

博多きりえの魅力をお客様にお伝えしたい

当初は、山笠の力強さを出すために「モノクロ」にこだわっていました。しかし、「カラー」のきり絵を制作してみると、きり絵の持つシャープで力強い表現が、彩色によって柔らかく表現できることも分かりました。博多きりえは、大胆さと繊細さ、そして光と影が織りなすきり絵が持つ独特の世界観で博多を表現します。お客様に博多きりえをお届け出来る日を楽しみにしております。