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博多きり絵について

博多伝統工芸品の博多きり絵の作品です。博多の祭り、博多祇園山笠に参加する男の子の締め込みを、お母さんが後ろで跪いて締めています。

神事に使われていた日本のきり絵

きり絵は、黒い紙を切り抜いて、白い紙に貼り付けることによって白と黒の二色のみで世界を表現するものです。切り抜く輪郭線は、切れて離れてしまわないようにすべてがつながるように切ります。

古来、日本ではきり絵は神事や儀式に使われていたと言われています。きり絵は日本だけでなく世界中で作られています。

最近では白黒だけではなく、カラーの紙を使用して色とりどりの色彩を表現することもあります。また、平面ではなく、立体的なものや、輪郭線をつなげずに切るもの、紙以外のものなど新しいスタイルが生まれています。

博多きり絵師 小西一珠喜

博多きり絵は、きり絵師である小西一珠喜(こにし かずよし)が作り出した、博多の題材にこだわったオリジナルきり絵です。

博多には古くから伝わる博多人形や博多織という伝統的工芸品がありますが、新しい工芸作品として小西一珠喜の博多きり絵がこの博多の地に生まれました。

小西一珠喜は1958年に長崎県五島列島小値賀島で生まれました。

2001年、博多を代表する祭り「博多祇園山笠」を見て大きな衝撃を受けます。同じ年の12月、 小値賀島 の実家が火事で全焼してしまいます。小西一珠喜はこれを機に、山笠のきり絵づくりを博多で本格的に開始しました。

小西一珠喜は、 2018年に永眠しました。「世界一愛されるきり絵師になること」という想いは、博多きり絵の中に生き続けています。

小西一珠喜の詳細について

博多きり絵の主な作品シリーズ

(1) 博多祇園山笠

博多祇園山笠 シリーズは、 770余年の伝統を誇る奉納行事であり博多を代表する祭りである「博多祇園山笠」をテーマにしています。

博多祇園山笠では、神輿は「山」と呼び、担ぐことを「舁く(かく)」といいます。山笠では 博多の町を七つに分け、それぞれの区割りを 「流(ながれ)」 と言います。 山笠に参加する男達が山を舁く時に着る水法被(みずはっぴ)の背中にはそれぞれの「流」の柄が描かれ、博多きり絵では実に力強く表現されています。

山を舁く時以外の山笠の行事では「長法被(ながはっぴ)」を着用し、博多織などで作られた帯を締めます。博多きり絵では、長法被の柄や帯も細かく表現されています。

博多祇園山笠 シリーズ の作品は、山を舁いている男達の声が聞こえてきそうな熱気と勢いが感じられ、山笠を思い起こさせてくれます。

(2) 博多百景

博多の街並みをきり絵で表現しています。櫛田神社、福博出会い橋、川端商店街、承天寺、冷泉公園、博多座船乗り込みなど博多らしい風景が、きり絵により色鮮やかに描き出されています。

(3) 博多美人

着物を着た女性や何気ない仕草をした女性など、多数のきり絵作品があります。結婚式の和装の女性のきり絵作品は、多彩で細やかな模様が特徴的です。

博多きり絵には、博多に関するもの以外の作品も多数あります。格言が書かれたもの、龍神、カンボジアの世界遺産アンコールワットなどがあります。中国の伝説上の霊鳥である鳳凰のきり絵作品「蒼天に飛ぶ鳳凰」は、色使いやバランス、 鳳凰の美しく広がった尾の部分のきめ細かさなど、小西一珠喜による独特のきり絵の世界が表されています。

小西一珠喜の博多きり絵を博多伝統工芸品オンラインショップでご購入いただけます。

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博多の伝統工芸品(福岡県指定の特産民工芸品)

博多の伝統工芸品の博多人形です。博多人形師、緒方恵子の作品「華」で、歌舞伎十八番の一つ「助六由縁江戸桜」の一場面です。

商人の町として発展してきた博多は、長い歴史の中で様々な工芸品が育まれ、人々の手によって伝統工芸品として受け継がれてきました。

博多の伝統工芸品のなかで、現在、国指定の伝統的工芸品として博多織博多人形の2品目があります。また、福岡県指定の特産民工芸品としては、博多曲物、博多鋏、マルティグラス、博多独楽、博多おきあげ、博多張子があります。

博多織

博多の伝統工芸品の博多織です。博多織で織られた帯が反物の状態で置かれています。

博多織の起源は、1235年に博多の商人である満田彌三右衛門(みつだやざえもん)が中国の宋に行き、技術を学んで博多に技術を持ち帰ったことが始まりです。

博多織特有の柄に献上柄というものがあります。この柄は、仏事で使われる花皿と独鈷をモチーフにしたものと、親子柄、孝行柄とよばれる太さの異なる線で作られているものを呼びます。

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博多人形

緒方恵子の制作による博多人形の作品「慶」です。黒く大きな牛の背で童子が笛を吹いています。

博多人形の誕生は、1600年に、今の福岡を治めることになった黒田長政が、城を築くために職人を集めます。そのときの瓦職人が作った素焼き人形が博多人形の始まりといわれています。

 博多人形には「美人もの」、「歌舞伎もの」など美しさや力強さを感じさせるものもありますが、「干支もの」「節句もの」などかわいらしいものも作られています。

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博多人形(緒方恵子)の商品を博多伝統工芸品オンラインショップで見る

博多曲物

博多の伝統工芸品である博多曲物です。楕円の形をした弁当箱です。杉の木の模様と楕円の曲線が美しいです。

博多曲物の歴史は大変長く西暦200年までさかのぼります。日本の第15代天皇である応神天皇がお生まれになったときに、へその緒をいれた容器が、今の博多曲物でした。

曲物はネジなど全く使っておらず、ひとつひとつ手作りで、木のみ使用して作られています。

おひつやお弁当箱など作られていますが、ぜひ見ていただきたいのが「ポッポーお膳」です。こちらは子供のお祝いのときに使われるお膳です。お膳に書かれている松竹梅や鶴亀が特徴的で、子供の成長を願う気持ちが込められています。

博多曲物の詳細について

博多鋏

博多の伝統工芸品の博多鋏です。鋏の中心部には「卯」の刻印と「菱」をあらわすデザインが刻まれています。

今から700年ほど前に南宋の商人、謝国明が「唐鋏」を博多に持ち込んだのが始まりです。その後、幕府の献上品として、博多の刀鍛冶師である安河内卯助により唐鋏の製作に取り組みました。

1800年(明治13 年)に高柳亀吉が卯助翁の弟子となり、やがて師匠の刻印である登録「宇」の継承を許されました。その後、1887年(明治20年)に独立し、唐鋏を「博多鋏」と改称しました。一点一点丁寧に作られており、鋭い切れ味が特徴です。

マルティグラス

マルティグラスは、「Multiple Layer Glass(マルティプルレィヤーグラス)」の愛称です。性質の違ういろいろな色のガラスを何層にも重ねて、美しい芸術作品になります。

1937年(昭和12年)のパリ万博で、日本のガラスとして初のグランプリを受賞しています。

干支モノや置物などもありますが、花瓶やおちょこやカップなど実際に日常生活で使えるものもあります。

博多独楽

博多の伝統工芸品である博多独楽です。大小、4つの赤、緑、紺、金の色からなる博多独楽が並んでいます。

1300年に中国から竹製の唐ゴマが日本に伝えられました。その後17世紀後半、木製のコマに鉄の芯を打ち込んだ「博多独楽」が作られました。このうように鉄の芯を持った博多独楽は、手に取って移動させることが可能になり、独楽を使った曲芸がうまれました。

博多おきあげ

博多おきあげとは下絵を描き、布や綿を使い立体的に盛り上げて作ったものです。立体感のある絵画のようです。

博多では、女の子が生まれた時に、博多おきあげを送る習慣がありました。明治、大正時代にはこのおきあげを作ることは女性の教養の一つだったそうです。

顔は手書きでひとつずつ丁寧に描かれています。着物を着たものは、重なりの部分や帯など色の配色も素敵です。

博多張子

博多の伝統工芸品である博多張子です。猿、虎、だるまの博多張子です。

博多張子は、江戸時代から縁起物として作られてきました。作り方は今も江戸時代とほとんど変わっていません。木などで作った型に和紙を布苔で幾重にも張り重ね、乾燥させた後、手描きで絵付けをします。一つ一つ丁寧に手作業で作られます。

博多の大きなお祭り、博多どんたくで使うお面や、商売繁盛を願う十日恵比須の鯛の飾り、干支の置き物など縁起物として愛されています。

博多は、古来より貿易の中心地でもあったことから、ほかの国から伝わったものをベースにしたものも見受けられます。すべての工芸品は多くの人の努力により今現在まで伝わっていることを考えると、有り難さが一段と深くなります。

博多にいらした際は、博多の街に根付いた工芸品をぜひご覧になっていただきたいと思います。

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